生活保護申請に同行してわかった、水際作戦の実態

解雇された人は、すぐに仕事がみつかればいいのだが、そうでない人もたくさんいる。まずは失業手当の給付をうけるが、それもそんなに長くは続かない。その間に仕事が見つかる人もいるが、新たな仕事先では働く時間が短くなって、とても生活ができない人もいる。

そのように、かつて私に訴えてきた人が複数いた。そういう人は社会福祉協議会の生活貸与金をうける。中には200万円を超えた人もいる。貸与金だから、無利子とはいえ、いずれ返却しないといけない。50万円の返却だって相当に大変なのに、200万円を超えたら返せっこないだろう。

生活保護とストライキとの関係

ストライキにより生活が困窮した場合に生活保護が受けられるかどうか。以下の本では判例の紹介がなく、否定説・肯定説・折衷説が紹介されている。著者は折衷説です。すなわち「本人については保護を拒否するも、家族に対して保護を要する状態にあれば保護を与えるべき」(西村健一郎著「社会保障法」)

解雇された人のその後

失業者にカネ貸して何とかなると考える行政はどうかしている。さて、どうしたらいいのだろうか。最後のネットワークである生活保護に頼るしかないだろう。

ということで、労組としても、生活保護について、最低限度の知識を持っていた方がいいと思い、私が過去に経験した話から始めたい。

在日中国人の方と生活保護申請に同行することに

もう十数年も前のことになる。交通事故の被害者である富山県T市在住の在日中国人のAさんと後遺障害の件でお会いする機会があった。その方は、日本人である夫から暴力を振るわれ、当時母子寮に住んでいた。事故による身体の不調と生活が相当に苦しいことを拙い日本語で私に訴えたのである。

同情したが、私は生活保護くらいしかそのときは思いつかなかった。それで、生活保護をうけたらどうかと提案してみた。だが、本人いわく、そのことで何度か市役所に行っているのだけれども、担当者がけんもほろろの態度でまったく埒があかないということだった。

提案したてまえ知らん顔もできないし、その日は特に他の予定もなかったので、では私もお力になれるかわからないが、同行しようということになった。それで、当日、市役所の担当部署へ行ったのである。

水島宏明著「母さんが死んだ しあわせ幻想の時代に」

当時、私が生活保護に関して知っていることといえば、水島宏明氏の「母さんが死んだ しあわせ幻想の時代に」という著書を通じて、生活保護申請者に対しいわゆる水際作戦が横行しているらしいことだった。水島氏の著書を読んでおられない方もいるだろうから、その本のエピローグだけでもご紹介したい。

昭和62年1月。3人の子供たちのお母さんが死んだ。死因は、”餓死”。子供達は、下から小学4年、小学5年、中学2年と、いずれも男の子ばかり。おかあさんは、離婚したため夫はなく、1人で育ち盛りの子供を育てていた。

おかあさんは、必死で働いた。生活保護を打ち切られて5年間。収入の少なさは次第に生活のアチコチに”無理”を生じさせた。借金――それは親しかった友だちとのつながりを断ち切った。そして病気。疲れ果て体調を崩したお母さんは、アパートの一室で、身動きひとつできなくなった。そして、とうとう真冬の寒い夜、天井を見つめながら息を引き取った。

お母さんは福祉行政に何度か助けを求めていた。もし受給することができたなら死なずにすんだ生活保護には、けっきょく、冷たく拒絶された。

昭和62年といえばいわゆるバブル時代のことであり、当時の日本は「JAPAN as NO1」などと経済大国であることに浮かれていた時代である。

一方における美食・飽食の広がりと、他方における福祉行政の貧困による餓死者の存在。お金が有り余っていて、税収が多かった当時でさえ、水際作戦などといって法律上の根拠がない窓口指導により、本来なら生活保護を受けて然るべき人たちが生活保護申請を事実上拒絶されていた。そして、餓死にまで追いやられていた。

そのことがたんたんとこの本で描かれていた。読み終えたあと、こんなひどいことがあっていいのだろうかと、私は怒りに震えた。そして、生活保護申請を拒絶するために持ち出されていたのが扶養義務者への扶養請求権の先行請求だった。

生活保護を受ける前に、配偶者なり兄弟なりに面倒をみてもらえということなのである。私が同行した先でも実をいうと同じ理屈が持ち出されたのだ。

生活保護担当者とのやりとり

「Aさんのだんなさんから養育費をもらったらどうですか」

「Aさんのだんなさんは無職です。収入のない人から養育費なんてもらえるはずはありません。それに、彼女はだんなさんからの暴力から逃れるため今母子寮に住んでいる。あなたはその事実を知らないわけではない。そのことを知っていてあえてそんなことを言うのですか。まずは現実を踏まえた提案をしてください」

「では、弟さんが日本にいると聞いております。そちらから援助していただくことは可能なのではないでしょうか」

「馬鹿なことを言ってはいけませんよ。彼女はすでに弟さんからも援助をしてもらっている。弟さんは日本に来てまだ間がないし、裕福でもない。もう借りられず、八方手を尽くした結果、生活保護に頼ろうとしている。あなたはそのことを彼女から知らされているくせに、どうしてそういう愚かしいことを言うわけだ」

担当者は、さらにこういう屁理屈まで持ち出してきた。

「Aさんは車をお持ちです。生活保護を受けるためには、そういうゼイタク品をまず処分し換価してからでないとダメです」

「彼女の軽自動車がゼイタク品ですかね。彼女は休みがちとはいえ通勤上車を使っている。その車を処分したら、通勤が不便この上なくなる。自動車を処分しろというのは交通手段を失うことであり、仕事をやめろというのに等しい。そもそも生活費の全部を請求しているわけでなくて、不足分を何とかしてもらいたいと言っているだけです。しかもお子さんは難治性の喘息持ちです。私もかつて喘息に悩まされたことがあるのですが、あれは時に死にいたることもあります。そのため、病院への救急外来の必要もあるのです。あなたはそのとき代わりに車で送ってくれるのですか」

さらにさらに、こんな信じがたいことまで言ってきた。

「Aさんは交通事故の被害者だと聞いています。後遺障害もあるようです。その保険金をまずもらうことが先です。それでも足りない場合に生活保護をうけるべきです」

「彼女は後遺障害が残存していると主張しているのは事実です。しかし、いったん治療を中止して2か月後に治療を再開した経緯があります。この場合、治療がいったん中断しているため、事故との因果関係が当然に疑われます。後遺障害があるかどうかは自賠責調査事務所が判断します。私の経験から言わせてもらえば、後遺障害に該当する可能性は先ほどの理由からほとんどまったくありません。仮に100歩ゆずって、後遺障害に該当し保険金がおりたとします。それは数か月も先の話なのです。彼女は今生活に苦しんでいる。先の不確かな話を持ち出して生活保護申請を受けつけないのはおかしくないでしょうか」

口から出まかせまで言って、申請を絶対通させないという必死さしか感じられない。私は生活保護に関する知識も経験もなくまったく準備なしの状態だった。申請を受理させるためには、事前の準備が必要なのである。

生活保護申請の同行などこれが初めてのことであり、知識もなく見事撃退されてしまった(苦笑)。今度同行するときは、担当者ののらりくらりの対応にむきにならないで、相手がああ言ってきたらこう切り返すなどゲーム感覚で楽しめるくらいの気持ちの余裕が必要だと思う。そのための対抗策について調べたので、以下の記述を参考にしていただきたい。

交通事故による損害賠償請求権が「利用し得る資産」にあたるのかどうか

交通事故の被害者は加害者に対して損害賠償請求権を有するとしても、加害者との間において損害賠償の責任や範囲等について争いがあり、賠償を直ちに受けることができない場合には、他に現実に利用しうる資力がないかぎり、傷病の治療等の保護の必要あるときは生活保護法4条3項により、利用し得る資産はあるが急迫した場合に該当する」(最高裁昭和46年6月29日判決)として、例外的に保護を受けることができる。

水際作戦とは

法律上の根拠がない「水際作戦」

後でわかったことだが、俗に水際作戦と呼ばれる窓口指導は、法律上の根拠を持たない事実行為であること、いわゆる行政指導の一つであることだ。

この窓口指導については行政手続法33条に申請に関する注意規定がある。申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明した場合、当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならないのである。

さらに同法35条では、

Ⅰ:行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。
Ⅱ:行政指導が口頭でされた場合において、その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければならない。

となっている。

この立法趣旨について、行政法学者の櫻井敬子氏はこのように書いている。

このタイプ(申請に関する)の行政指導は、実際上極めて強い威力を発揮してきたが、・・・問題が多い。なぜなら、行政庁が、申請書を受け付けたにもかかわらず処分しないということであれば、行政事件訴訟法により義務付け訴訟等で争うことができる。しかし、法的に申請自体がなされていないということになると、抗告訴訟に持ち込むことができず、しばしば「申請書を出した、出さない」という水掛け論になってしまう。ともすると、申請者側(注:本文では業者側となっている)には何ら救済手段がないことにもなりかねず、法治主義の観点からすこぶる問題である。

そこで、この類型の行政指導について、行政手続法は、申請者が行政指導に従う意思がない旨を表明した以上は行政指導を継続してはならないことを明示するとともに(行政手続法33条)、申請について到達主義を採用し、行政庁は遅滞なく審査を開始しなければならないとした(同7条)。

これにより、法律上は申請書を「受理」しないという運用は認められなくなったが、行政指導の性格上、相手方が任意に応じる限り、それが事実上行われていることを阻止することはできない。このタイプの行政指導が今後なくなるかどうかは、国民の側が指導を行おうとする行政当局に対して意識的な対応をなし得るかどうかにかかっている。(「行政法」櫻井敬子他より)

「水際作戦」の内容を書面化させること

そして、35条2項により、行政担当者に対して水際作戦の内容とその責任の所在を明確化・書面化することを要求すればいい。その結果、「密室における内輪の関係」から「緊張感のある外部関係」(「行政法のエッセンス」櫻井敬子より)に事態が変わるということなのである。

行政指導では生活保護受給希望者が任意で応じているというフィクションがとられるのだが、35条Ⅱの請求権を行使すれば水際作戦の違法な内容はとても書面化できないため、その責任の所在を明確にすることもできない。したがって、その時点でそのようなフィクションは成立しなくなる。

ここが重要なので繰り返す。担当者に対して水際作戦の内容とその責任の所在の書面化を要求すること。録音もするべきだろう。

「水際作戦」に応じないで、申請書を要求しよう

生活保護を申請しようとした人の中にはこの水際作戦でたいへん嫌な思いをしている人がたくさんいるだろうから、もうそんな経験はごめんだという方は、申請書を先に書いて有無を言わさず出してしまうか、配達証明付内容証明という方法でもいい。生活保護申請は要式行為(書面その他一定の方式を必要とする法律行為)ではないから、本来は口頭でもいいはずだ。が、役所は申請書の提出を要求しているのが現実である。ただし、申請書は役所所定のものでなくていい(渡そうとしないから」。そういう場合は、自分で勝手に文書を作ればいいのである。

申請書はこちらでも入手可能

自立生活サポートセンター「もやい」のダウンロードサイトもご紹介しておきます。以下をクリックしていただければかんたんに申請用紙が入手できます。

生活保護は車を持っていても申請できる

車を持っていると生活保護の申請はできないのだろうか。あるいは、親族がいると、生活保護は受けられないのだろうか。これらのことについては、日弁連の資料がたいへん役に立った。

すなわち、

①車を持っていても、通勤やその他必要性があれば車を処分など換価する必要がないこと。
②親族への援助は強制できないこと(ただし、親族照会は避けられない)。

ほかに、

③税金を滞納していても、申請は可能である。

④外国籍だったとしても、基本的には生活保護が受けられる。

である。

生活保護担当者はそのことを熟知しているはずなのに、どうして平気でウソをつけるのだろうか。

税金滞納者は生活保護がうけられないのか

生活保護にはいくつかの「原理」があります。「無差別平等の原理」がそのひとつ。「生活に困窮して最低限度の生活を維持できない者」が保護の対象です。困窮に陥った原因いかん、労働能力の有無いかんとは無関係です。納税していたかどうかも関係ありません。

生活保護と車の所持の可否

車所持については「身体障害者や過疎地の例外を除き、保有を認めない」(西村健一郎「社会保障法」P500)とあります。ただし、日弁連は、原則と例外が逆になっており、生活保護をうけたからといって車を換価する必要はない。通勤やその他必要性があれば処分する必要がないとしています。これはどっちに比重を置くかの評価の違いからだと思われます。

車の申請については以下を参考にしてください。

http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-category-2.html

外国人は生活保護を受けられるのか

生活保護法は「国民」と書いてある(2条)。外国人は「国民」にはいるのかどうか。これには行政通達があって「人道的見地からの行政措置として、生活保護法の「準用」を認める」という立場であった。その後、厚労省は、1990年に、「準用」できる外国人をいわゆる永住者や定住者等に限るとした。その結果、短期滞在の外国人や留学生等は排除されることになった。

「そのため、仮に自治体が適法に滞在資格を有する短期滞在の外国人や留学生等につき生活保護法に準じた救済措置をとったとしても、従来実際上認められていた予算措置は行われず、費用は自治体が負担しなければならなくなった」(「社会保障法」P496)

最高裁(平成13年9月25日判決)も、生活保護法の「国民」は、日本国民であることを前提に、①不法滞在者は生活保護法の適用対象とするかどうかは立法府の裁量の問題とし、それをしないからといって憲法25条違反とはいえないとした。

「なお、行政解釈では、保護請求権が侵害された場合にそれを排除するのが不服申立の制度であると捉えて、保護請求権を有しない外国人には不服申立ができないとするが、定住外国人については生活保護法の準用という形であれ、長年にわたって日本国民と同様の手続によって保護が認められてきたのであり、その保護が不当に侵害された場合には不服申立を認めて保護を図ることが適切である。裁判例もその点を肯定している」(東京地裁平成8年5月29日)。

わかりづらいかもしれないけど、こういうことである。

生活保護法は日本国民に限定している。それ自体は憲法違反ではない。とはいっても、外国人の生存権は法律で認められることが望ましく、あとは立法措置に委ねられる。現に、行政通達という「事実上の行為」によって自治体単位で救済を図っているというものである。

なお、外国人の生活保護 : 最判平成26・7 ・18判決がある。法学者による論文は以下。

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/2800470/p051.pdf

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/15-3/003%20saito.pdf

「資産」をゼロにしないと生活保護が受けられないという誤解について

資産をゼロにしてからというのも誤解です。たとえば「土地家屋は、その世帯の居住の用に供せられる場合は保有を認められるが、処分価値が利用価値に比べ著しく大きければ処分(換価処分)を求められる(西村健一郎「社会保障法」P500)。住宅というのは生活具であって、本来は換価あるいは投機の対象じゃないですからね。

生活保護の扶養照会はどこまでできるのか

生活保護の扶養照会に関する法律

生活保護の扶養照会というのがある。生活保護申請を断念する理由としてはこれが一番の理由だ。ただし、扶養照会はほぼ避けられないのが現実のようだ。が、法律上の根拠があるのかどうか、あるとしてどこまであるのかについて調べてみた。結論をいえば、扶養義務者がどう対応しおうが、まずは生活保護を先行させるべきことがわかった。

扶養の順序、程度、方法等については当事者間の協議で定めることになっているが、その協議が不調または不可能な場合には、家庭裁判所が定めることになっている(民878条、879条)。

保護の実施機関がこれに代わって当事者間の協議を調整することはできない。扶養義務者が十分な扶養能力を持ちながら扶養義務の履行を拒む場合、保護の実施機関は、原則として保護を行い、後に家庭裁判所の決定を得て扶養義務者から費用徴収を行うことになる(生保77条1項)「社会保障法」西村健一郎著P505)

生保77条 民法の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは、その義務の範囲内において、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。

2前項の場合において、扶養義務者の負担すべき額について、保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、保護の実施機関の申立により家庭裁判所が、これを定める。

さて、ここでいう扶養義務者だが、2種類に分けられる。

ひとつが、「生活保持義務」。もうひとつが「生活扶助義務」である。

前者は、「自分の生活と同質・同程度の生活を保持できるように扶養する義務のことであり、夫婦間や子供に対する親の関係で成立する。後者は、「生活に余裕のある場合に、その限度で扶養すれば足りる」とし、それ以外の親族間(注:3親等以内の直系血族、兄弟姉妹)で成立する(ただし、民877条Ⅱの3親等内の親族にも注意)。

民法第877条
1直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。

親族・親等図

【「家族法」二宮周平著より拝借しました】

生活保護は世帯単位なため過度の扶養義務を押し付けている

よく問題になりそうなのが、年老いた親の扶養義務である。これは「それ以外の親族間」にあたるから、生活保護法による最低の生活保護基準額に不足する部分を、自分の社会的地位や収入等に相応する生活をしたうえで、まだ「余力がある限度」で分担すればいいはずである。

が、現実の生活保護の運用では世帯を単位としているために、同居している場合は同一世帯を営んでいることになるから、年老いた親とたとえばその息子の全収入が生活保護要否の基準とされる。そのため、民法上の扶養義務(余力がある限度)を超えるような義務を事実上強制する結果になっている。

扶養照会についての生活保護実務での扱い

ところで、生活保護実務ではやや扱いが異なるようだ。

①絶対的扶養義務者

②相対的扶養義務者で、現に扶養をしている人または、過去にその世帯から扶養を受けていた等の特別な事情があるもの

①の絶対的扶養義務者とは、3親等以内の直系血族、兄弟姉妹、配偶者を指し、②の相対的扶養義務者とは、3親等以内の傍系姻族を指す。民法877条の1項と2項からの区分に基づくようである。

①については「絶対」とあるように扶養照会がいく(ただし、特別の事情があれば回避できる)。②については、過去または現在、扶養の事実があると、扶養照会されるのが実務である。

詳しくは、こちらのサイトが参考になると思います。扶養照会を拒否するための申請書です。

メモ

生活保護実務での「絶対的扶養義務」とか「相対的扶養義務」について、「この区別は、家庭裁判所の審判があって初めて扶養義務者の範囲に入ってくるかどうかの区別であり」(前掲・二宮本より)としており、生活保護実務はそれをいわば「先取り」しているわけである。

扶養義務者の扶養は保護の要件ではない

扶養義務者の扶養を保護の要件としないのは、世界的に見ても、こんにちの生活保護立法の原則となっている。そこには、封建的な家族制度との決別という意味が含まれていると同時に、生活困窮状態に陥ったのはその人個人の責任というより社会の責任という面が大きく、したがって生活困窮者の扶助は社会全体で行うべきだという、現代においては普遍的な認識が反映されている。

浦部法穂「憲法学教室」P261

福祉川柳事件

富山県T市の担当者は、いい歳こいたおっさん2人だった。家庭に戻れば良きパパ、良き亭主なのだろう。しかし、他人には冷酷無比そのものだ。ウソまでついて恥じるところがまったくない。

たまたま冷酷・人格下劣な担当者にあたったのだろうか。そう思いたいのだが、どうも違うようだ。というのも、保護行政を担当するケースワーカーなどの福祉職員の本音が炸裂した事件があったからである。

「福祉川柳事件」である。先の水島氏の著作を再読していたら、「あとがき」にこの事件について触れていた。

1993年、生活保護者をあざ笑う川柳が、ケースワーカーたちが主催する『公的扶助研究』誌(第154号)に載った。その内容が生活保護受給者への差別にあたるとして社会問題に発展した事件である。

どんな川柳なのかご紹介しよう。あきれはてて、開いた口がふさがらないとはこういう場合にこそ使うべきだろう。

・金がない それがどうした ここくんな
・休みあけ 死んだと聞いて ほくそえむ
・やなにおい きっと部屋で くさっている
・救急車 自分で呼べよ ばかやろう
・苦労して 廃止した日に また開始
・川向こう 当たるといいな 空家募集
・医者に行く ちょっとぐらいは がまんしろ
・訪問日 ケース元気で 留守がいい
・いつまでも 入院しててね アル中精神
・ケースの死 笑いとばして 後始末
・風呂いけよ 低いお鼻が まがっちゃう
・親身面(づら) 本気じゃあたしゃ 身がもたねぇ
(水島宏明「母さんが死んだ しあわせ幻想の時代に」文庫P380)

残念ながら、ケース(生活保護受給者)への思いやりはどこにも感じられない。この差別意識丸出しの川柳を見てふつうは唖然とするものだが、肝心の福祉職員たちはどう思っているのだろうか。

たとえば元福祉職員の方がブログでこの事件をとりあげ、このように述懐している(個々の職員の方を責めるつもりはなく、職場の雰囲気を知るために、申し訳ないが引用させていただいた)。

川柳の内容をみて、当時の現場の感覚から言えば、「(感覚として)う~ん、あるある」といった受け止め方がほとんどだったような気がしますけどね。

職場の受け止め方としては、特に驚くべきことでもなかったようなのだ。というより、どうして問題視されるのだという受け止め方なのである。

元福祉職員の方は、続けてこう書いておられる。

私が生活保護監査担当になってから知り合ったケースワーカーの方は、ケースから個人的に金銭の貸借も依頼されて上司にも言えず苦悶している人もいましたし、深夜にケースから何度も自宅に電話のかかってくるもいました(そのケースワーカーは電話があったら2回に一回は、深夜にケースの自宅に行って話を聞いていました)。そして、暴力団構成員がケースということもありました。

実際、現場ではこのような厳しい労働状況でした。

そのような実態を知ることなく、単に川柳の字面だけを捕らえてバッシングするマスコミや各種団体、そしてそれに同調する世間のヒューマニストぶりを醒めた目で眺めていたことを思い出します。

過酷な勤務内容を理解していただければ、不満のひとつやふたつ川柳として表現されてもいたしかたがないということならしい。

蟹は甲羅に似せて穴を掘りたがる

ここで注意してほしいのは、過酷な勤務内容は、元福祉職員の方の実体験でなくて、すべて伝聞だということである。元福祉職員ご自身はそのような体験がなかったことを言わず語らずに告白していることである。

すなわち、生活保護行政の実態において、川柳で描かれたような風景はごく普通にみられるものでなく、ごく一部の例外的な実態を取り上げたものにすぎないことである。

確かに勤務内容としては大変だし、過酷だろうと思う。実をいうと保険調査員の仕事も似ているところがある。ここは伝聞ではなく、私の実体験で語ろう。

私も、事故被害者の方から、おカネを貸してくれと何度か言われたことがある。それどころか、すすんで、頼まれもしないのにおカネをあげたこともあった。

私の担当したグループ保険金詐欺の案件があった。保険金詐欺の容疑者のひとりが大阪に高飛びしようとした。当時の上司からは危害を加えられるかもしれないから「よしたほうがいい」と止められたが、高速を使って隣県までおっかけ、なんとか追いついて自首するよう説得した。そして、A君をつれて警察署へ同行したことがあった。

そのとき容疑者の暴力団員のA君は所持金が数百円だった。おカネがなくかわいそうになったので、1日分の生活費をあげたのだ。少額とはいえ、おカネをやるのに私は苦悶なんかしなかった(というか、そういう状況で「苦悶」などするのだろうか)。困っているのがわかったからである。

暴力団事務所に行ったことももちろんあるし、ここは伝聞になるが、私の同僚なんて、防弾チョッキを着用して事務所に行っていた(苦笑)。「殺すぞ」と脅されたことも私は一度や二度ではない。ゴタゴタ言うチンピラに、保険金は払えない。これ以上ごねると刑務所行きもありえると、顔の一発や二発ぶんなぐられるのを覚悟で、本当は怖いくせに、思いっきり虚勢を張って、保険金の支払いを拒絶したことだってあった。

それが仕事なんだから嫌だったら辞めるしかない。深夜に呼び出されるのがつらいのなら、断ればすむ話である。

甘えているんじゃないよ。

その不満のはけ口を事故被害者に向けたことはただの一度もない。職場でも事故被害者を中傷するような言辞を聴いたことがなかった。倫理的に優れていたからではもちろんない。ひとつは、川柳を詠むほどのヒマがなかったことである。ひとつは、事故被害者に自分たちもいつなるかわからないからである。

すなわち、事故被害者を自分とは縁のない異界の人たちだとしなかったこと。代替可能性があると認識していたことである。もうひとつは、事故被害者で不当な要求をしてくるのは、多くの事故被害者の中のごく一部の人たちだとの認識が共有されていたことだろう。

不正受給が多い?全体から見れば不正受給は1%にも満たない

日弁連資料である上図をみてほしい。マスコミなどでは、なにかというと不正受給者のことが話題になるが、交通事故で不当な要求をする人がごく一部なのと同様に、不正受給率も生活保護費全体のうちのごく一部(ここでは0.53%)であるが、最近は0.4%とマスコミが報道している。

なお、ここでいう「不正受給額の割合」とかマスコミでよく使われる「不正受給率」とかは、「生活保護費の予算ベースにたいする不正受給額の割合」のことである。

また「捕捉率20%」とかと報道などで頻出するが、この「捕捉率」の意味は、「最低生活費以下の収入の人で、生活保護を利用している人の割合」のことである。専門用語の定義を覚えないと、私たちシロウトは間違えて恥をかくので注意したい。厚労省の資料や専門書、日弁連の資料などで確認しておいたほうがいい。

【日弁連資料】

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/seikatuhogo_qa.pdf

【厚労省資料:全国厚生労働関係部局長会議 の資料(社会援護局詳細資料2)】

https://www.mhlw.go.jp/topics/2017/01/tp0117-1.html

【読売新聞】

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170202-OYTET50054/

元福祉職員が言うように、生活保護受給者の中には問題のある人もたしかにいるだろうが、それをいうのだったら、交通事故被害者にだっていくらでもいる。このように不当な要求をする人に調査員時代私自身多く会っている。それでもこういう悪質な人は、やはりごく一握りである。

そのごく一握りの人たちをとりあげて、その他の多くの善良な人の存在を無視し一般化する。

たとえばむち打ち症で長く苦しんでいる方に対して、あれは詐病だ、きっと保険金目当てにちがいない。一部にはそういう不届者がいるだろうが、それを全部に拡張する。

それは「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」のと同様に、自分に似せて他人を矮小化させているだけだろう。自分だったら被害者の立場を利用して、お金をジャンジャン要求する。だから、他人もそうするに違いないと考えるのだ。

「富山は日本のスウェーデン」なわけない

先進国と比べて最低レベルの日本の社会保障

ところで、政府は社会保障費、とりわけ生活保護費の削減にまい進している。これは小泉改革である行政改革以降進められている政策を踏襲したものだ。現在はさらにひどくなっている。

GDPに占める社会保障支出の割合が3年連続で減少しているとして、「こんなことは、『自然増削減』を繰り返していた小泉内閣でも起こらなかった」と、赤旗が報じている。

しかも、国際比較でいうと、日本の社会保障は先進国中最低、とりわけ生活保護予算はその低い低い社会保障費の中でもきわめて低い(GDPに占める生活保護費の割合はたった0.3%【注】)。そんなに低いのにまたさらに下げるつもりなのだ。

【注】少し古いが、こちらのサイトの記事(Afternoon Cafe)が詳しい。

さらに、親族側に扶養が困難な理由を証明する義務を課すという事実上扶養を生活保護利用の要件とする法改正まで検討されている。こんな法改正を許してしまったら、現行の生活保護法は完全に骨抜きにされ、戦前の救護法の精神に逆戻りである。

生存権に基づく権利としてではなくて、国家の責任放棄による自己責任化、単なる国家による施しと化してしまう。どんなに頑張って働いても、親族に働かない・働けない・無年金等で困窮している人間がいれば、 その人に稼ぎを吸い取られてしまうという無限地獄のようなシステムだ。こんな馬鹿げた法改悪を許してはならない。【救護法】

同法(救護法)は、1932年に施行されたが、65歳以上の老衰者、13歳以下の幼者、妊産婦、障害のため労働不能の者で、貧困のため生活できない者を対象とし、市町村長の救護義務を定め、公の義務として救済を行う建前をとった。もっとも、扶養能力ある扶養義務者がいるときは救護は受けられず、また、保護請求権が認められたわけではなかった。

保護の要件について定めた生活保護法4条1項の規定は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と定めている。これに対し、生活保護法4条2項は、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と定め、あえて「要件として」という文言を使ってい」ない。「扶養が保護に優先する」とは、保護受給者に対して実際に扶養援助(仕送り等)が行われた場合は収入認定して、その援助の金額の分だけ保護費を減額するという意味であり、扶養義務者による扶養は保護の前提条件とはされていない。(参考)社会保障法入門・西村健一郎著

さらにさらに、最低賃金よりも高いとか、全世帯で収入が下から1割にあたる低所得世帯の生活費と比較して、生活保護受給者のほうが高いなどと言って生活保護費を下げることに執着している(注)が、下記の統計からもわかるように、事実は、申請を拒否されるなどして本来であれば生活保護を受けてしかるべき人たちが大勢いるのだ。生活保護の捕捉率のこの低さに注目していただきたい。


【日弁連HPより引用】

まとめ

厚労省は生活保護を違法に運用している。違法行為の第1は生活保護の申請を窓口で蹴散らす窓口指導である。申請者に申請書を渡さないのは職務放棄のはずだが、各地の自治体で横行している。第2は「就労指導」という建前で受給者に嫌がらせや脅迫を行い、生活保護を辞退させることにやっきになっている。

厚労省は違法な切り捨てによって、生活保護を受けられない貧困者を増やし、人為的に「生活保護の方が高い」状況を作っておきながら、その上で生活保護基準の切り下げを行おうとしているのである。これでは、厚労省主導のマッチポンプによる貧困拡大策と表現するしかないではないか。

【追記】

以前書いた記事を手直しして出稿したが、記載中に古いものもあるので、いずれ、新たな情報を書き加えたい。

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