表題は、会社が提出してきた資料の一部の表現である。すなわち、「7/1付で事業廃止(老朽化)となるので、7/1に全員一律退職となる」。その中の、「全員一律退職となる」についての解釈で対立している。一方の主張では、これが「全員一律解雇」の意味なのだそうな。
私の語感じゃ、全然そうじゃないんだよね。が、そのおかしさをリクツで説明しようとすると、大変である。それで、「「ナル」表現と「スル」表現」『寺村秀夫論文集Ⅱ』という有名な論文にあたってみることにした。メンドーくさいので「結論」だけ述べる。
前者(「スル」表現のこと)は事象の「原因」に常に関心を持ち、後者(「ナル」表現のこと)は「結果」「現在の事態そのもの」に関心を持つ表現だ、というようにも言えるだろう。(P231)
「ナル」表現はあくまで「結果」に関心を持つ表現なのだから、これではその原因が「解雇」なのか「退職勧奨」なのかを意味しないのはもちろんである。したがって、「全員一律退職となる」が「全員一律解雇となる」わけがない。
日本語母語話者なら、ふつうの語感でそうでないことにすぐに気づくはずである。それはおかしいよといえばいいだけで、いちいち否定するまでもないことだ。が、紛争が生じると、こんなヘリクツを持ち出す者がいて、それはそうじゃないと否定するのがまたたいへんなのである。
日本語を私たちは文法を意識することなく使っている。まるで息をするのにその息遣いをふだん意識しないのと同じである。ところがこういう問題が発生したとき、語感としておかしいとすぐに気づくことができても、それは文法的にどうおかしいのか、そのおかしさはこうなんだとリクツで述べるのは、外国人の日本語学習者よりも難しい。彼らはできあいの文法から学習を始めるが、日本語を母語とする私たちは、文法など意識することなく、母親から口伝いに学ぶのである。だから、そういうときは、日本語学の本を見て、息遣いのメカニズムがどうなっているのか知るしかないのである。
なお、寺村秀夫は京大法学部卒から転じて言語学者になった異色の人。法律も詳しい。日本語学の大家。
日本語学の大家として知られる庵先生のツイートをリツイートしたら、当の庵先生がフォロワーになっていただけた。以下の一文に共感されてのことだと思われれる。ご紹介したい。
法律家の書く法律文を日本語だと勘違いしている労組関係者が多いけど、あれは極論するなら外国語だと思ったほうがいい。日本語だとこう理解できると考えて団交に臨むと大失敗をやらかす。それがわかっていないだよね。そういう人には京大の法学部から日本語学者に転じた寺村秀夫の論文が必読である。
労組関係者って法律の勉強をどこまでされているのだろうか。中にはこれはできるなあ、よく勉強されていると感心した人もいたけど、他は、よくこんなのでやっているよというレベルだった。むしろ、後者が圧倒的に多かった。
あえて苦言を呈するけど、労組は組合員の代弁者である。代弁者なのに不勉強なのはまだおくとして、自分が法律の勉強が不十分なのだという認識くらい持つべきだ。こちらは弁護士にわざわざ確認していることでも、労組の幹部の方々はそれでも一刀両断に否定する。ああいうことをやっているから信頼されなくなるのである。労組員の権利を背負っているのだから謙虚であるべきだ。