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勝つためには証拠が必要だ
裁判であれ団体交渉であれ、勝利を収めたいとおもうなら証拠が必要です。証拠には文書などの物証と、証人などの人証があります。そういうものがなくても、会社がすんなり認めてくれればいいけど、いや、そんな事実はないと否定されたら、あんたが勝手に主張しているだけとなって証拠を出せよとなってしまいます。
たとえば上司からパワハラを受けていると主張したとします。社内ではほかの従業員も知っているはずですが、証人になってくれるかというと、かなり難しい。そうなると、録音をとるなど、証拠を押さえる必要があります。ところで、その録音なのですが、上司の前で録音機を取り出して…というわけにもいきません。
いわゆる隠し録音、秘密録音について
では、法律ではどうなっているのか。敵を知るためにはまずは会社側弁護士のことを知っておくほうがほうがいいと思い、この分野では著名な会社側弁護士の書いた本がいくつもあります。その一冊に「許可なく録音等されたデータを拡散する行為への対応」という興味深い「一節」がありました。いわゆる隠し録音の証拠能力についてです。これ、否定されてしまうと、およそ労働者が使用者に反撃する手段を奪われるに等しいからです。今から録音しますからといって、正直に答えてくれるわけないですからね。
そもそも、録音機を出した時点で、「お前は明日から来んでいいよ」と、言われそうです。昔、保険調査の仕事をしていたのですが、医者に面談の内容を録音していいですかと言ったところ、「それはやめてくれ」と言下に断られました。こんな場合でも嫌がるのだから、使用者がいいよと言うわけがありません。
隠し録音、秘密録音でもOK
で、隠し録音とか秘密録音って、大丈夫なのでしょうか。相手に悟られずにやるので、そういうのはふつう感心しませんよね。が、安心してください。この本でも「秘密録音でも証拠能力が肯定されることが多い」としています。結論部分を詳しく書くと「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものでなければ、証拠能力は肯定される」。
東京高裁昭和52年7月15日判決
民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、その証拠能力はこれを肯定すべきものを解すべきことはいうまでもないところであるが、その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべき…。
秘密録音で証拠能力を否定された例
> 「秘密録音でも証拠能力が肯定されることが多い」
「多い」と書いてあったから安心したのですが、これでは「少ないけどある」ということにもなるので、例外的にダメな場合もある書き方です。さて、どんな場合でしょう。
東京高裁平成28年5月19日判決
学内のハラスメント防止委員会での審議の音声を、匿名の第三者が録音して学内便で送付したというものです。審議の非公開・委員の守秘義務・録音の禁止といった委員会の運用に沿わず録音をしたことは違法性が高いとし、また、録音内容に証拠価値(証拠が裁判官の心証に影響を与える度合い。証明力)が乏しいことなどから、証拠能力なしとした。
*解説している弁護士によれば、秘密録音か盗聴かは本件では関係ないとしている。
審議会とか公益性の高いもので、非公開だとダメみたいですね。これじゃ、国民にとって必要な情報ほど法は守てくれないことにならないんでしょうかね。
電話録音は証拠になるのか
気になるのは、私の所持する録音の中には、電話の会話の内容もいくつもあることです。憲法に「通信の秘密」があるため、これはやっかいな気がしました。電話でも、改めてでもいいから、録音してますと宣言しておいたほうが無難ですが、断らなかった場合はどうか。
以下の専門書から結論だけ言うなら、電話だからダメとはなっていません。引用しておきます。
いわゆる「違法収集証拠の証拠能力」についてたとえば、相手方との電話のやりとりを相手方に無断で録音したテープや、相手方の事務所に侵入して盗聴器をセットし、相手方が証人に偽証を依頼しているところを録音したテープが、証拠調べの対象になるかといった問題である。
この点については、
(ⅰ)まず、わが国の民事訴訟法に証拠能力を制限する規定がないことから、証拠調べの対象にできるとする考え方がある。しかし、
(ⅱ)電話の場合には通信の秘密も保障されていて、その場かぎりとの一種の安心感をもとに対話がなされているという状況もあるし、また、相手方の事務所への無断侵入は違法行為であるから、右のような録音テープは証拠能力を欠くとみる考え方もある。さらに、
(ⅲ)両者の中間説として、民事訴訟法に証拠能力を制限する規定がないことから、無断録音テープにも一般的に証拠能力を認めたうえで、その録音の方法が著しく反社会的な場合には証拠能力を否定するという考えかたがあるが、私は、この中間説を妥当とみる。(「新民事訴訟法概要」林屋礼二P326)
証拠として録音するのもいいのですが、実はやっかいなことがある。反訳、すなわち文字おこしである。録音状態がいいならともかく、秘密録音だと、声が小さいとか、ポケットとレコーダの擦れた音がはいるとか、たいてい録音状態が非常に悪い。その文字起こしはたいへんである。わずか30分ほどの録音の文字起こしでも、私の場合、2~3日かかった。
最初聴いたときは何を言っているのかわからない。が、何回も、いやもっと何十回も聴いていると、そのうち最初聴きとれなかった声の意味がなんとなくわかるようになってくるから不思議である。これは、医者の書きなぐったような診断書の文字に通じるところがある。何回も見かえすと、文字の書き方の特徴がわかって、読めるようになるのと同じである。
が、たいへんなテマヒマを要することに変わりはない。私はこの文字起こしがいやなばかりに、とにかく敬遠してきた。が、相手とは水掛け論になってしまうから、最後はやらないといけなくなる。業者に頼む方法もあるが、その分の費用を組合員に負担させるわけにもいかない。